『働かないって、ワクワクしない?』を読んで|仕事が“働いていない時間”に思えた話

っていう本を読んでいて、ふと浮かんだことをつらつら。

転職して新しい職場で働いていて、まだ独り立ちできてるわけじゃないけど、夕食の調理中に楽しいな。ってふと思って、私はホントに働くの嫌いじゃないんだなって思えた。
で、入社3ヶ月の時点で次の配属先に移ったばかりでまた覚えることいっぱいだけど、全然違うからストレスってわけじゃないのが、すごく楽。確かに働いた分、体は疲労するけど、それだけって感じで苦痛なんじゃない。
P14のあたりで「自由時間をどのように活用して、実り多いものにするか。」「自由時間は仕事の反対語だろうか?」って出てくるんだけど、私たちは基本、食べていくために自由時間を働く時間にトレードする(特に給与制の場合)。でも、やっぱり仕事は自由時間の反対語ではない。TV番組の「オモうまい店」の店主で多いのは、「好きでやってる、採算よりもお客に喜んでもらえればいい」みたいにいう人がちらほらいる。この場合、働いて(仕事して)得られるものが採算(円)よりも価値が高いのだろう。
また、P14の最後の方で、自由時間は「生活に必要不可欠なことを行うのに要する時間以外の余分の時間」といっている。でも仕事の時間も、最悪「その役割」の仕事が必要不可欠な人はいない。やってくれるなら基本誰でもいいのだから、自由時間に少しルールが加わったゲームのような時間ではないかな?とふと想った。仕事が『汗水垂らして必死でやること、もしくは汗水垂らして必死で稼いだ金』の代価でないなら、今私がしている仕事はやはり自由時間に少しルールの加わったゲームのような時間であり、社会的には仕事であり働きであるけれど、楽しい、苦痛ではないこの時間は私にとっては『働いていない時間』なのではないか?働いていない時間なのに給与が貰えるなんて!本の題名である「働かないって、ワクワクしない?」がもう私の中にあるのかもしれない。この本、背表紙にもあるけど、働いてる人のエピソードが載っているのであって全く何もしていないわけじゃない、労働が人の困りごとを解消するもので、喜ばれることで、それを適度にして自分の人生も充実させるってところにある感じ、働くの定義をツラいみたいな定義から変えることをまず書いている感じ


前段落を描いたのが年を跨ぐ12月ごろで、異動の指示が出てそろそろ9ヶ月(6月)が経つ。異動先の業務内容は工数が多くて、正直ちょっと参っていて、休みの日も次の日の業務に不安を感じていて少し憂鬱だったのだけど、その気持ちが少しだけ軽くなった気がした。慣れてきて、前段落を読み返して、描いた頃の気持ちを持っていたこと思い出せそう、ちょっと気持ちが軽くなった。

ここで参っていることをまとめておきたいな。自分にとってどんな働き方が良いかより、嫌かを挙げて行ったほうがやりやすいかもしれない。

とりあえず、休憩時間が定まらないのは嫌だな。何時から何時までとるっていう決まりがないのもそうだし、メニューによって工数が違って結局自分の休憩時間を削るか潰さないといけないのはストレス。

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