7月に積読リストを立てて、読みかけのまま8月が終わってしまった『働かないって、ワクワクしない?』を、ようやく読み終えました。読んでいる途中に浮かんだことは前に書いたので、今回はその続きです。
「もっと働いておくべきだった」と言う人に、会ったことがない
最終章を読んでいて、祖母も父も母も働き者だし、世間では働き者は美徳だけど、働きすぎて健康を失うことは往々にしてあるなと感じた。また、働くことが美徳と成功として定義されていて、第5章では自由時間を取ることに罪悪感を持っていないか投げかけられているが、最終章では「もっと働いておくべきだった」という人に出会ったことはないのでは?という記述からも、そう思った。
お金がなくて働かなきゃ、はよく聞くけれど、もっと働いておくべきだったと自分で思う人は、働いている時間がすでに自由時間化している人で、そこに自己実現とか人生の楽しみが詰まっている人だと思った。(ここでの「自由時間」は書籍中の労働していない一般的な余暇時間のこと)第4章では、自分の使命を見つけてそれを果たすことは世界をより良くすることであり、自分を充足させ、さらに副産物としてお金を稼ぐこともあると説明している。第8章でも自由時間は受動的に過ごすよりも能動的に過ごす方が充足を得られると説明している。こういう人が働いている時間がすでに自由時間化している人ではないだろうか。確かに私は仕事の時間を成果物のために能動的に過ごし(仕上げなければ帰れない)、自由時間を能動的に過ごすのでなく疲れを癒すための余暇時間に大半使ってしまっている、残念なことに。
最終章に入って、幸せになるのにリッチであることは絶対条件ではない、という話が始まっている。漫画のワンピースにも「金は酒も飲まないし歌も歌わない」というのがあって、共通していると思う。富が同時に幸せを連れてきてくれるわけじゃないよね。どうやれば自分の中身、精神的な充足を満たせるかを知っていないと、どんなに時間やお金を注ぎ込んでも足りないんだよね。ちゃんと分かっていれば、満たしやすく、満たされやすいんだよね。
自分自身が充足する物事を理解すること、これが自由時間をワクワクさせられること。だって働いていても、自由時間を過ごしていても一緒にいる相手は自分自身なんだから。何をしたいのかわからない、っていうならきっと疲れ切っているからまずは昼寝しちゃうぐらいが良い。きっと疲れ切っているんだもん
働くことから完全に引退してもしなくても、働かない時間(自由時間)をワクワクするために、まず自分自身の中身に向き合わなくちゃいけない。
おまけ:友人に借りた『水車館の殺人』
積読を消化するつもりが、途中で友人に『水車館の殺人』を借りてしまった。読み始めたら止まれないんだよね。中盤から、犯人の予測はつき始めるが、読んだ後、もう一度犯人と被害者の視点で読み分けられる本。いや、多分このジャンルを読み慣れている人なら、章の構成ですでに犯人とストーリー分かっちゃうんだろうな。でも読んじゃう。
※2026年9月時点の私個人の感想です。
